テクニカル派?ファンダ派?

しばしば株の界隈ではテクニカル重視派とファンダ重視派に分かれての議論というか言い合いが多い。

私自身凝り性であり大抵こういう意見の分かれる問題には極端にどちらかにつくことが多いのだが、不思議と株を始めたころからテクニカルとファンダは半々で見ている。

なぜか。企業が利益を出していれば株は最終的には上がるというファンダ的な考えはもちろん一理あるが、一方で株は大衆心理の反映、人気投票でもある。少なからざる人々がテクニカルを信じている以上、大衆心理の観点からこれを無視することは愚の骨頂だろう。

例えば25日線や月足MA、こういった移動平均そのものに私はさほど意味はないと思っている。1か月の平均価格になったから買おうとか売ろうとか、内心考えたこともない。しかし問題はそこではなく、多くの人がこういったMAを「意識している」という事実である。

テクニカルはオカルトだという人もいる。オカルトでも別に良いのだ。人の信じているものなんて宗教はじめほとんどオカルトのようなものだ。問題は多くの人が信じているという事実、自分がそれを信じるかどうかはどうでもよいのだ。

さて、テクニカル指標は様々なものがあるが、私自身はどれもオカルトまがいだと思っており、選択基準は「いかに有名か」「いかに多くの人が見ているか」ということに尽きる。さすれば、おのずと単純移動平均やMACD、ボリバン、RSIあたりで十分事たりるとおもっており、実際これらとせいぜい一目を見るくらいである。

マクロの経済指標もそうだが、あらゆるインディケーターを見ると逆に混乱することが多い。必ず一つや2つは逆を指し示し、迷いが出るからだ。であるから自分が信用する有名所をいくつか決め、それだけを見続ける方が良いと思う。

ファンダ的な精査も同様である。PERやPBRといった有名所以外にも、ファンダ的な分析手法は色々ある。EV/EVITDAを見る人もいればDCF法で評価する人もいよう。こういったものも、あまりあれやこれやとその評価方法を変えるより、一つの基準で見続けるほうが蓄積されるものが多いと思う。

そもそもこういったファンダ的な分析手法も、ご立派な理論はあれどもよくよく見ると評価者の主観がかなり入り込む余地がある。主に利益成長については当然未来の成長率など正確にわかるはずもなく、純資産にしたって無形資産の評価は良くも悪くも評価者次第である。

私がヒストリカルPBRを最も重視しているのは、長年の市場によるその銘柄への無形的な評価の蓄積をもっとも反映していると思うからであるが、まあこれも一つの考え方であり需給やらなんやらにいくらでも影響されていると言えばそれまでだ。

結局のところ、ファンダの中の数ある手法、テクノカルの中のそれは好きなもの(出来ればメジャーなものが良いとは思うが)を選べばよいとは思うのだが、ファンダを完全に切り捨てる、ないしテクニカルを完全に切り捨てる、というのはあまりに極端ではないかと思っている。(おそらく本ブログを見ている多数派であろうバリュー系の人なら前者はほぼいないだろうが)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。